過去の失敗や言葉を思い出しては、自分を責め続けてしまう。
そんな「許せない記憶」に縛られていた僕が、自分年表とGoogle Keepを使って、少しずつ心の重しを外していったときの記録です。
ここまでのお話
自分ごときが…
そんな自分を責める気持ちが積もるあまり、僕は心の動きをほとんど失い、平日は必要最低限のタスクをこなし、休みの日は昼間から酒に浸る、そんな自堕落な日々を送っていました。
「こうした意味のない生活で時を費やし、年金生活に入ったら貧しい暮らしに耐え、やがて消えていくんだろう」
僕はそう思って残りの人生も諦めていました。
が、ある日。
「もう動いていいよ…」
そんな静かな許しが心に湧いてきて、今まで自分を閉じ込めてきた心の中の地下牢から這い出るチャンスを得ました。
少しだけの前向きさを手に入れた僕は、かねてから興味を持ちながら、自分などには眩しすぎると思って近づくことができなかった「未来型★夢降るみち」(以後、夢降ると記します)という学びの場の門を恐る恐る叩いたのです。
憧れの場に入れたものの…
自分の言葉で「夢降る」の中を例えるなら、静かながらも暖かさに満ちたホテルのようでした。
とても快適で、優しさに満ちた空間の中で、「自分が本当に望む未来を見つけ、そこへたどり着く」ためのロードマップが示されています。
きめ細やかな心配りが施された学びの場に入り、僕はやはりここに来てよかった、と心から思いました。
しかし、
憧れの場に足を踏み入れたものの、そこから先にはなかなか進めませんでした。
「お前などがこれ以上前に進むことは許さない」という呪縛が、足を進めることを妨げていたのです。
記憶との対峙
「後から引っ張られてる気がする」
この感触に気づいた僕は、自分が許せない「過去の行い」や「過去の発言」の記憶が、今の僕に絡みつく呪縛の原因だろうと推測しました。
僕には自虐のクセがあります。
自虐と言っても、自傷するわけではなく、過去の自分の失敗を思い出しては、「この気狂いが!そんなことはもうやめろ!」と自分自身を責め、声を忍ばせて身悶えするのです。
この呪縛を解かなければ、前には進めない。
そのことに気づいた僕は、かつて耳にしたことがある「自分を許す」ワークを試してみることにしました。
自分を許す
「自分を許す」のキーワードでネット検索すると、許しのワークを勧めるサイトがたくさんヒットします。
それらのサイトをいくつか見て回り、自分に抵抗が少ないと感じた、いくつかのワークのエッセンスをまとめると概ねこんな感じでした。
- 自分の過去の中で許せない記憶をメモに書き出す
- その記憶の中の自分の気持ちを感じる
- 記憶の中の自分に対して
「あの時の判断はその時点で最善のものだった」
「あの経験があったから今の自分がいる」
「自分を許す」
と伝える。 - それでも許せない時は
「許せない自分を許す」
と伝えて、自分の許せない自分の想いを受け入れる - 許すことができて、読み直しても抵抗を感じなくなった記憶をゴミ箱に捨てる
僕は自分が書く字が嫌いで、手書きに抵抗があるので、「メモ帳に書く」を「Google Keepに書く」に置き換えて試してみることにしました。
許せない記憶の足取り
いつもなら、普段の生活の中で突然湧いてきて自分を責める過去の記憶ですが、いざ自分から探してみると掴みどころがなくて、僕はなかなか見つけられませんでした。
過去の記憶を見つけ出す足がかりはないか?
思いを巡らせて思いついたのは、自分を知るために以前に書き出した自分年表でした。
その年表は、幼児期・幼稚園・小学生・中学生・高校生・大学生・二十代・三十代〜現在までの出来事と、その時の感情を年代ごとに書き出したものです。
この年表をたどって行けば、書き出した出来事の行間に埋もれている許せない記憶にきっと出会えるはず。
そう思った僕は自分年表を足がかりにして、許せない記憶探しを再開しました。
心の重しを解き放つ
自分年表を足がかりにした許せない記憶探しは順調に進みました。
年表に書き出した出来事と出来事の行間に埋もれている記憶を見つけては、次々とGoogle Keepに書き出していきました。
大人から幼児期までの記憶を書き出して目の前に並べる。
そうすることで、自分を責める気持ちが一気に噴き出すのではないか、という心配が心をよぎりましたが、実際にやってみると、全ての出来事と少し距離を置いて眺められるくらいの、冷静さを保っていました。
落ち着いた気持ちで1枚1枚のカードに記した出来事、その時の自分の心情を思い出し、その気持ちに寄り添い、その時の自分の肩に手を添え、あるいは抱きしめる。
そして、過去の記憶に許す気持ちが届いて、その出来事に対する思いが軽くなったら、川に流すイメージでGoogle Keepのカードを画面の外にスワイプする。
書き出した記憶に対して、そんなプロセスを一通り終えた時、僕の心の中に空洞ができていました。
空洞——それは今まで詰まっていた重いものが消えてできた隙間のような感じでした。
許せない記憶を許したことで、突然に心情が好転するような感触はありませんでしたが、心の中の重しが消えたことは実感できました。
刺抜きワークのあとに起きた変化
心の重しが消えてからは、過去を責める自責の念はほとんど表れなくなり、生き辛さがずいぶん軽くなったような気がします。
また、周りの人の気持ちを理解しようとする思いが湧いてきて、他人に対する優しさが増したように思います。
そして、自分の中の想いの変化が態度に表れているのか、職場の人が以前よりも話しかけてくるようになりました。
でも、せっかく話しかけてもらっても、人の期待に応えようとして、自分が考えていることとは全く違うことを口走ってしまう。
そんな自分の口が怖くて、心の中ではいつもハラハラしています。
それに、自分が望む未来のことを考えようとしても、自己評価が低すぎて、幸せな未来をイメージすることを自分に許せません。
そんなふうに、まだまだポンコツな僕なので、自分年表を足がかりにして、いまだに見つけられていない許せない記憶を掘り起こし、その記憶を許す刺抜きのワークを続けていきたいと思います。

